こちらは廃病院になります。
ただ、現在も管理はされているようでして。
建物に非常灯がついていたりします。
つまり……「怖くない」場所だなというのが、藤白の最初の感想でした。
ただ、病院の駐車場に向かう途中、なぜか車椅子が道路のど真ん中に!!
案内人「ここ。有名なんで、たまに放置された車椅子を使って悪戯する人たちもいるんですよね……」
藤白「じゃあ、首なし地蔵の時みたいに、肝試ししている人とバッタリ遭遇するかもしれませんね」
案内人「あり得ますね。とりあえず邪魔なんで車椅子どかしてきます」
案内人がいったん、車を降りて、車椅子を右手側(病院の敷地内)へと置きに行く。
それから、タクシーは奥へと進み、駐車できるスペースに停車した。
案内人「ここでは、夜、窓から人の霊が視えるという噂が絶えないそうです」
藤白「へえ……でも、非常灯がついてますし、管理している人もいるんでしょう? 防犯のために、誰かが夜確認に来ているだけじゃないですか?」
案内人「ですが、あの出入口の奥にエレベーターが見えますよね? この間ツアーに参加したお客様と見たときには、誰もいないのに、いきなりエレベーターの扉が開いてですねえ……中には誰もいなかったんですよ」
藤白「そうなんですか」
案内人による、この病院にまつわる心霊話を聞きながら、撮影。
すると──
案内人が懐中電灯を照らしてくれて、藤白はノーフラッシュで撮影していたのだが、なぜか、一枚だけハレーションを起こしているというか、半透明のフィルター越しに撮影したような奇妙な写真が──
藤白「なんか、この写真。変じゃないです?」
案内人「え……またですか!?」
驚く案内人に写真を見せる。
案内人「……待ってくださいよ。街路灯のとかないから懐中電灯で建物を照らしてたんですよ? なんでこんな写真が……」
藤白「さあ?」
案内人「……もう、次のところに行きましょう!!」
案内人に言われるがまま、タクシーへ乗り込む。
タクシーが発車すると、さきほど車椅子があった付近で、案内人が建物(向かって左側)を指さす。
案内人「そうそう。さっき言ってたエレベーター。ここから透明のドアの向こうに見えるエレベーターのことです」
藤白「へえ……でも、今日はぴったり閉じてますね」
案内人「ですね」
そのままタクシーは病院から遠ざかり、T字路に突き当たる。
左側には廃墟っぽい家と、右側には小さな店舗か住宅らしきものがある。
T路地は右手側から左側に向かって低くなっている。
ふと右手側を見ると、ガードレールで車道と区切られた歩道を車椅子に乗ったおじいさんが駆け下りてきた。
藤白「え?」
何度か目を瞬かせる。
だが、おじいさんは確かに、そこにいた。
藤白(こんな夜中にじーちゃん、大丈夫かよ)
案内人はおじいさんに気が付いていないのか、そのまま左折したのだが──
案内人「うわっ!!」
突然、急ブレーキを踏む。
藤白「どうしたんですか?」
案内人「い、いいえ。あ、あそこの木の陰で女性が蹲っているように見えたのですが……」
よく見ると、ポリ袋のようなものが置いてあっただけであった。
藤白「あははは。幽霊の正体見たり枯れ尾花ですね」
案内人「すみません。怖がりなものでして……」
藤白「あー。でも、さっきも怖かったですよね」
案内人「さっき?」
藤白「廃病院から移動するときに、T路地があったじゃないですか」
案内人「はいはい。病院の出入口付近ですよね。私が「ここのエレベーターが~」って言った付近の……」
藤白「そうですそうです」
案内人「あー……藤白さん、見えてたんですね」
藤白「はっきりくっきりと見ましたよ!」
あの時、案内人の反応がなかったので、気が付いていないと思っていたが、さすがにアレは見えていたようだ。
そりゃあ、そうだろう。
あそこまでハッキリクッキリ見えたのだから、霊じゃないのかもしれない。
それはそれで、深夜で車椅子徘徊するおじいちゃんって……と思うと、ある意味怖い。
マッハ婆・ホッピング婆・リヤカー婆・ジェット婆等、婆伝説を超える逸材としか思えない。
こうやって都市伝説が生まれるんだろうなあと思いつつ、あの時の驚きを案内人と分かち合いたくて、興奮気味に話す藤白。
藤白「あの出入口を通り過ぎてすぐのT路地! 道路の右手側から車椅子に乗ったおじいちゃんが、めっちゃ笑顔で斜面を駆け下りてきましたよね」
案内人「え? あの……え? 右手側?」
藤白「ええ。ガードレールで仕切られた歩道を、白髪の五分刈りじいちゃんが、ものごっつい笑顔で車椅子のハンドリムを回しながら、坂道を降りてきてましたよね? いやあ……あれはまじで自分の目を疑いましたもん」
そこで案内人の様子がおかしいことに気が付く。
案内人「右側はだめです」
藤白「え?」
案内人「右側はだめなんです」
藤白「は?」
あのT路地の右側には怪しいおじいちゃんが出るという噂でもあるのだろうか?
それとも、あのおじいちゃんは霊で──
タクシー業界では右側から出てくる霊は「悪いもの」というジンクスか何かがあるのだろうか?
不思議に思い、再度尋ねる。
藤白「右側はだめって……何がだめなんですか?」
そこで衝撃の事実!!
案内人「私がエレベーターの話をしたのは、わざわざ左手側にある病院の出入口を見るように仕向けたんです」
藤白「え? そうだったの?」
案内人「はい。この廃病院の駐車スペースに向かう道路に置いてあった車椅子を、あそこに避けたのは覚えてますよね?」
藤白「あー……確かに」
案内人「普通はこの心霊ツアーで何も起きない人の方が多いんですよ」
動揺する案内人の話から、藤白はピンッときた。
藤白「……お化け屋敷みたいに、ここでは参加者を驚かせる仕掛けをしていたんですね?」
案内人「はい。それが、出入口付近に避けた車椅子なんです。先回りしていた私の同僚がその車椅子に乗ってたんです」
けれど、残念ながら藤白はそのことには気が付かなかった。
そして、逆に仕掛けていない「車椅子ジジイ」を見てしまったわけなのだが──
そういえば、何度か目を瞬かせて車椅子のおじいさんを見たが、その後、いったん、目をそらし、再び見たときには、その姿はどこにもなかった。
ああ。
あれは、霊だったのか。
今でも鮮明に思い出せる車椅子じいさんの容姿。
白い五分刈り頭に、細面。
しわくちゃな顔に満面の笑み。
「ヒャッハー―――」と言っているかのように大きな口を開けて、タクシーに向かって車椅子で駆け下りるお爺さんの膝には、赤地に黒と緑のチェックが入ったひざ掛けがあった。
藤白はあんなに鮮明な霊を今まで見たことはない。
もしも、あれが霊だとしたら
もしかしたら、普段、何気なくすれ違っている見知らぬ誰かの中にも霊はいるのかもしれない──