藤白が幼稚園の時のことだ。
実家は会社を経営していた。
家から会社までは車で10分ほどかかる。
母も仕事をしていたので、藤白は朝、母と会社に出社し、そこで幼稚園バスの送迎を受けていた。
当然、母の仕事が終わらなくては帰ることはできない。
庭にある池で飼っている鯉に餌をやったり、倉庫で遊んだり……
時には従業員のおっちゃん達と花札や麻雀を教えてもらうこともあったが、基本的にはテレビを見たり、本を読んだりして時間を潰すことが常だった。
ある日のことだ。
今では懐かしい石油ストーブがついていたので、冬だったのだろう。
見知らぬ男性がストーブの前で佇んでいた。
緑色のスーツを着た、背の高いスラッとした老紳士だ。
我が家は土建砂利会社だったので、厳ついおっちゃん達が多い。
たまに来る人は銀行の営業マンや百貨店の外商さんなので、黒か紺、グレーのスーツがほとんどだ。
緑色のスーツで、しかも、それに合わせたような帽子を被っている時点で珍しい。
しかも、誰も声をかけないのだ。
不思議に思って、その老紳士をジッと見る。
老紳士は色白で、にっこり笑うだけだった。
藤白は不思議に思い、母に尋ねた。
藤白「ねえ、おかあさん。あそこにいるおじいさん、だれ?」
母「え? どこ?」
藤白「ストーブの前にいるじゃん。緑色のスーツと緑色の帽子を被っている人」
母「え? 今日はまだみんな現場から帰ってきていないし、そこには誰もいないわよ?」
訝しげな顔をする母に、藤白はストーブへと振り返った。
そこには誰もいない。
出入口の扉は開閉した気配など一切ない。
藤白「え? さっきまでいたのに……」
ぽかんとする藤白に、母がどんな人がいたのか詳しく説明を求めた。
藤白は、見たままと母に告げる。
すると母はうんうんと頷きながら納得した。
母「それ。もしかしたらお爺ちゃんのお父さんかもねえ」
母が言うには、母にとっての祖父……藤白にとっての曽祖父は、昔からハイカラだったらしい。
明治生まれのお爺さんだが、いつでもスーツと帽子をお揃いで着こなし、特に、緑色のスーツとハットはお気に入りだったという。
しかも、見た目も背が高くスレンダーだったらしい。
母「もしかしたら、曾おじいちゃんが見守ってくれているのかもしれないわね」
朗らかに笑う母に、当時の藤白は素直に頷き喜んだというが──
今にして思えば、それが初めての心霊体験だったのかもしれない。