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ぶらぶらの木

 あれは小学三年か四年の時だったと思う。

 愛犬の散歩をしていた時のことだ。

 家から徒歩15分ほどの場所にある神社の前を通りかかると、人だかりができていた。

 

 なんだろう?

 

 人だかりができていると、大人であっても興味が湧く。

 当然、子供だった藤白は好奇心から人だかりに近づいた。

 

「見ない方がいい」

 

 人だかりへと向かう藤白を、見知らぬおじさんが止める。

 おじさんの視線は上に向いていた。

 藤白はその視線の先をなぞるようにして顔をあげる。

 すると、神社の境内にある楠の枝にぶらさがる女性が──

 

 女性の姿は藤白から見て、後ろしか見えない。

 だが、手足はだらりと垂れ下がり、ぶらぶらと小さく揺れているところから、明らかに死んでいることがわかる。

 怖いよりも「見てはいけない」と感じた藤白は、その場から足早に立ち去った。

 

 翌日、学校へ行くと、みんな、その話題でもちきりだった。

 自殺の理由は、失恋だの借金だのいろいろ噂されていたが、実際のところはわからない。

 ただ、藤白同様、実際に遺体を見た友人もいた。

 藤白と違うのは、その友人が後ろ姿だけではなく、前からも見てしまったことだ。

 

「人間の首や舌って、あんなに伸びるんだな」

 

 その友人は、いまも牛タンが食べられないという。

 

 だが、話はそこで終わらない。

 

 その事件があってから、その神社では風もないのに、ミシミシ、ギシギシ……と楠の枝がきしむ音がするだとか、時々、ブラブラと枝の下で揺れる人影を見るという噂がある。

 

 そして、それは今現在、あまり噂されていない。

 

 けれど、夕方。

 人気のない時間帯に、一人でその神社の前を通ると、未だにギシギシ……ミシミシ……という音がする。

 そして、夏であっても、急に冷たい風が楠のほうから流れてくることがある。

 

 さらに言えば、先日。

 買い物帰りに、その楠の前を通った時のことだ。

 

 小さな子供が楠を指さして、母親らしき女性に「ねえねえ。あのお姉ちゃん。気にぶら下がって遊んでいるけど、楽しいのかな?」と尋ねていた。

 

 女性は「何を言っているの」と苦笑していたが、藤白はあえて、その言葉を聞かなかったことにして、子供が指さすほうへ目を向けずに立ち去った。

 

 なんとなく、背中に妙な視線を感じながら──。

 

 

 

 もしかしたら、いまだに彼女は「ソコ」にいるのかもしれません。