あれは大学を卒業してから、十年ほどたった時のことだ。
結婚して他県に引っ越した友人が、久しぶりに名古屋に帰ってくるというので、一緒に遊ぶ約束をした。
友人とはよく大須で買い物をしたので、何年かぶりに一緒に大須へいく。
たった数年でかなり店も雰囲気も変わっている。
目当てのショップも移転していた。
友人「レトロとお洒落と多国籍の入り混じったカオス具合は変わらないけど、なんか、若者が増えたよね」
藤白「いやいや。うちらも当時は若かったっつーの」
なつかしさと新鮮さを感じつつ、店先にあるものや、ショウウィンドウを見ながら歩く。
すると、ガラス越しに三白眼の男がこちらを睨みつけていた。
男は手に光るものをもって、こちらに向かって走ってくる。
藤白「危ない!」
ヤバいと思い、友人の手を取り、その場を離れる。
けれど、男の姿はどこにも見当たらない。
道行く人たちも平然としている。
友人「どうしたの?」
藤白「いや、今さ。ショウウィンドウに危ない男が映って……」
藤白が数十メートル先からショウウィンドウを指さす。
ところが、そのビル自体、かなり古く、テナントも一つも入っていない様子だった。
怪訝に思い、再びビルへと戻る。
すると、藤白が見たショウウィンドウは割れており、背後の景色を反射して映すことなどできるような状態ではなかった。
藤白「え……」
友人「このビル、解体が決まっているみたいだよ?」
友人が看板を指さした。
それじゃあ、さきほど藤白がみた曇り一つないガラスは一体……
そして、あの男は何者だったのだろうか?
不思議に思いながらも、単なる見間違いだったんだと、藤白は思うことにした。
けれど、あとから思うんだ。
もしも。
もしもだけれど、あの男が……
あの三白眼の男が、ショウウィンドウに映ったものではなく、ビルの中に潜む『何か』だったとしたら──
藤白たちはあの場から離れて正解だったのかもしれない。