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ランナー

 徒歩15分くらいの場所にある大きな公園。

 出張がない時は、毎朝、毎晩、藤白は犬(萬呂介)の散歩に来ている。

 

 つい先日のことだ。

 夜の散歩には姉も一緒に来てくれる。

 

 二人でアホな話や、くだらない話なんかをしつつブラブラ歩いていると、急に、萬呂介が耳をピンッとたてて、立ち止まる。

 

 ザッザッザッザッ

 

 誰かが走る音が聞こえる。

 萬呂介が見ている方へと視線を向ける。

 すると、上下真っ白なジャージを着た男性がジョギングをしていた。

 ちょうど二週間後に市民ハーフマラソンが開催される時だったので、藤白はマラソンに出場する人が、練習しているのだろうと思っていた。

 

藤白「こんな夜にジョギングするなんて。会社が終わって疲れているだろうに、頑張るなぁ……」

 

 そう呟くと、横にいた姉が「は?」と訝し気な声をだした。

 

姉「ジョギングなんかしている人なんて、いなかったよ」

藤白「は? 何言ってるん? めっちゃ足音聞こえたし。なんなら上下、サイドに黒い線の入った真っ白なジャージを着た男の人が走っていったじゃん」

姉「そんな人、いないって!」

藤白「いやいやいや。マロも足音で耳をピンッとたててたし。そのあと、わしと一緒に、ランナーを見ていたじゃん」

姉「だから、マロと圭がいきなり立ち止まって、同じ方向をジッと見ているから、何があるんだろう? って不思議に思っていたんだよね」

 

 あんなにハッキリと、走る足音も聞こえ、姿も見えていたのだから、幻聴や幻覚ではないはずだ。

 

 姉が気がついていないだけなのでは?と思ったものの──

 

 藤白は気がついてしまった。

 あんなにハッキリと見えていたのに、ランナーの『顔』だけは、どんな顔をしていたのか、まったく思い出せないことに……。

 いまも思い出そうとすると、顔の部分だけ、まるで灰色の砂嵐やモザイクがかかったようになってしまうことに……。